クラスの中心にいる陽キャとは?その謎を解くカギは平成元年にあり!

現代社会

『千歳くんはラムネ瓶のなか』で連呼された、陽キャ!
そのルーツは、昭和がまだ色濃い、平成元年にまでさかのぼる。
完璧な陽キャである千歳ちとせさくは、なぜ共感されない?

陽キャという概念

千歳朔は、平成元年に高校生だった、ヤンキー。
それを令和としたから、陽キャとは言えない、ただの異常者に……。

出発点は陽気なキャラ

現代日本のルーツは、敗戦からの復興。
『坊や哲』のようにやったもん勝ち、「嫌なら自分で身を守れ!」という社会。
白黒テレビを始めとする家電が普及しつつ、どんどん収入が増える。

最初の陽キャは、陽気に振る舞う、ネアカ。
目立ったら潰されるため、クラスや学校を牛耳っている誰か。
『東京卍リベンジャーズ』のようなヤンキーが、大声で話し合っているだけ。

平成元年までの陽キャは、本人が強いか、上のグループにいることが必須。
気に食わない奴がいたら殴る蹴るも、普通だった。
ゆえに、喧嘩に負けないだけの腕っぷしと、数の暴力……。

『ドラえもん』で、のび太が野球でミスして、ジャイアンに殴られる。
これは、1970~1990年代、昭和から平成中期までの光景。
リアルでも、町内の子供が集まった野球で、コーチが理不尽に殴る。
今では前科がつくか、社会的に終わりますが、当時は体罰が当たり前。
大人がこんな調子では、子供は言うまでもない!

陰キャとの対比

1989年の平成元年は、大きな転機。
なぜなら、個人がパソコンを買い始めて、インターネットも整備されたから。
通信事業者はガラケーを無料で配り、ユーザーの囲い込み。

腕っぷしが強く、群れている陽キャとの対比で、陰キャが登場!
これは自虐じぎゃくで、息をひそめている自分たちへの嘆き。
誰にも言えない本音を掲示板でぶちまけ、情報共有を始めた。

『らき☆すた』は、教室でラノベ、アニメ雑誌を読んでも、イジメられない。
泉こなたの日常こそ、ファンタジー!
2005年にそんな行動をすれば、陽キャに「オタク」と目をつけられる。
高校のランクにもよりますが、オープンにするのは考えにくい。
ただし、家庭へのパソコン普及と光回線が整備された直後で、新たなオタク像へ……。

しきりに「陽キャ!」と叫ぶ千歳くんは、平成元年のキャラ。
取り巻きがいて、自分の都合だけで決めつけ、困ったら暴力やプレッシャー!
それを私立っぽくしたうえ、炎上しにくい描写にすれば、違和感だけ。

分け隔てないムードメーカー

令和の陽キャは、大声で恫喝どうかつすることなく、周りから支持される。
周りをなごませるムードメーカーや、導くメンター。
本人というより、慕っている取り巻きが周りを牽制けんせいする。

『千歳くんはラムネ瓶のなか』は、爽やかな青春。
けれど、やりたい放題だった平成元年で、期待とのミスマッチ。
スマートな優等生として、『ようこそ実力至上主義の教室へ』の綾小路あやのこうじ清隆きよたかのほうが令和っぽい。

キョロじゅうでしかない千歳朔を除けば、令和らしい陽キャ。
引き篭もりのエピソードも、担任を逆に言いくるめ、家庭訪問させるぐらいが自然。

千歳くんは古い陽キャに過ぎず、喧嘩上等のヤンキーとして描くべきだった。
令和にすれば、「キツい!」という感想が大半を占める。
それに、あれだけ寒いギャグ、下ネタを連呼しても許されるのは、小学校まで。
間違っても、私立高校で言うものじゃない。
陽キャは、そういった発言に凍りついた教室で、すぐフォローする側。

平成が全てを塗り替えた

平成元年からの10年、20年は、異世界転移と同じぐらいの変化。
常識が違うぐらいの、カルチャーショック!?

バブル崩壊からのネット普及

24時間のビジネスマンが当たり前の、バブル時代。
土地の価格が高騰して、それにともなう貸付ゆえ、景気がいい!
けれど、人海戦術に過ぎず、窓際社員と呼ばれる人材にも仕事があった。
言い換えれば、企業は年功序列と終身雇用で、社員を手放さない。

インターネットが登場して、全国でインフラ整備。
電話回線からISDN(デジタル回線)、ADSL、光回線へ、見る見るうちに高速化!
画像を数時間でダウンロードする環境は、もう時代劇……。

個人向けのパソコンも、半年ごとに技術革新。
大量販売によって、『金田一少年の事件簿』の電脳山荘殺人事件の「軽自動車1台の20万円(2020年に換算したら40万円の価値)」から大幅に値下がり。

電脳山荘殺人事件における「個人がネットを始めるための費用」から数年後の1998年には、10万円より安い入門モデルが販売されました。

匿名で議論するネットは、相互監視が強い日本のオアシス。
2006年、ニコニコ動画によって動画、生放送を視聴しつつも、コメントする!
SNSを通じて、生まれ育った地元とは違う世界を共有した。

通話だけのガラケーから多機能のスマホへ

初期のガラケーは、白黒の小さなモニター。
けれど、メールを送受信すれば、間違いない。
暗号のような数字でやり取りのポケベルから、大きく進歩!

「周りにいる奴らとつるむだけ」という環境は、壊れた。
自分が選んだフィールドで、気の合う仲間と楽しむように……。

携帯電話で、やったもん勝ちは鳴りを潜める。
公衆電話がない場所でも、すぐに通報されて、連絡されるだけ。
グループで口裏を合わせつつの証拠隠滅、ごまかす手口は、もう通用せず。

ガラケーすらない時代は確認を取りづらく、『アマガミ』のような日常。
「クリスマスに会おう」と約束しながら行かない、あるいは、良い雰囲気だったのにデートで会えずに破局することもザラ。

目についた奴らをシメても無意味

ガラケーによって、自分が選んだ相手とつながる。
であれば、慎重にならざるを得ない。

『東京卍リベンジャーズ』の主人公たちは、敵を殴る。
けれど、その先にはプロの暴力が待っているし、警察や政治家による排除だけ。

携帯電話とネットで、場所に縛られない。
「終わった話!」は通用せず、親しい人を傷つけられた匿名による怒りや嘆きへ。
その変化は、2004年の『電車男』で描かれました。

遊具で子供の指が飛んでも、周りがなだめすかして、警察に通報しないよう黙らせた。
それが、携帯電話とネットによる情報拡散で、外部の怒りを買うことに。
どれだけ地元を支配しようが、一歩でも外へ出たら、ただの人。
やったもん勝ちではなく、やったことの責任を取るだけ。

身内で完結していた連中が「バレなければ」「これぐらい」とアップデートされずにいた末路は、ちらほらニュースになっています。

舞台は郊外から都市部へ

平成のラノベは、郊外に住んでいるヤンキーが主人公。
けれど、いつも監視される社会となり、都市のスタイルへ変化した。

昭和から平成中盤までは郊外のヤンキー

『僕は友達が少ない』は、きらびやかな私立だが、郊外の生活パターン。
隣人部で、同じメンツと本音で言い合う。
涼宮ハルヒの憂鬱』のSOS団についても、同じ。

戦後の混乱から、半年で常識が変わる平成へ!

親衛隊に囲まれたアイドルの歌は、ヒットチャートのCDアルバムへ。
一家に1台のPCで全国のユーザーと話し合い、意見交換が容易になった。

平成中盤まで共感されたのは、自分が生まれ育った地元と同じ舞台。
相手にハッキリと主張して、そのまま喧嘩する。
それは殴り合いのヤンキーに他ならず、身内で片づけるだけの余地もあった。

令和にかけて都市部へ移った

2015年の『ようこそ実力至上主義の教室へ』は、令和のスタイル。
何もないように見せつつ、裏で暗躍して誘導、または排除……。

これこそ、都市部のハイスクール!

小学生もスマホを携帯して、街にはAIが識別する監視カメラ。
口裏を合わせての証拠隠滅が通用しないため、その環境での説得力を求める!
住んでいる地方への失望もあって、都会への憧れが強まった。

相手を暴力で脅したら逆効果ゆえ、スマートに味方を増やすことが大切。
同じグループでつるむより、目的のために動く。
それは、孤独を恐れず、SOS団や隣人部と真逆になっている。

ファンタジーが求められない時代

2020年で、小説の売れ筋が大きく変わった。
スマホが日常となり、「興味はあるけど、体験するのは面倒」というニーズへの返答。

ChatGPT、Geminiといった、検索エンジンの上位互換。
それらに尋ねれば、すぐ分かる。
けれど、AIには体験させること、体験することができない!

SNS疲れと、バズッたぐらいでは売上に繋がらないことも、リアル志向へ。

痛みを知りつつ、立ち向かっていく主人公!
リアリティを保ちつつ、現実ではあり得ない世界観とストーリーこそ、普遍的ふへんてき
たとえ、異世界ファンジーだろうと、納得できることが第一。

スマホの普及でタイパ重視

3分のショート動画で、世界を知る!?
良くも悪くも、タイムパフォーマンスが重視された。

たった10秒で判断される

スマホで視聴する動画は、最初の10秒で判断される。
あるいは、シークバーを動かして、面白そうな場面をチェック……。

例外はなく、映画、アニメ、ドラマ、全てにおいて!

「多少つまらなくても、我慢する」という考えはなく、別を試す。
学校のクラスは選択の余地がないものの、無理に接しない、住み分けへ。

相手に合わせず、踏み込みすぎない。
どちらも不干渉のまま、進級や卒業を迎える。

陽キャと陰キャを区別できない

平成の中盤まで、体育会系のレギュラーが正義!
1990年代の『SLAM DUNK』のような、男気おとこぎにあふれたヤンキーも。
これに参謀が加われば、当時の陽キャたち。

けれど、目のかたきにしたオタクは消え失せ、誰もがスマホで動画を見る。

陽キャと陰キャを区別できず、教室のリーダーであっても、独裁者とは言えない。
その振る舞いで、リアルタイムの評価変更。

2025年の陽キャは、一緒にいて楽しいか、自分を高めてくれる存在。
理不尽を通せるだけの力は、平成の定義にすぎない。

「地元最高!」の一方で外へ逃げる若者

地方は、衰退している。
かつて一世を風靡ふうびした大企業の城下町も、リストラ、事業縮小で冷え込む。

地方によっては、平成元年からアップデートしていない家庭だけ。
せまいエリアの顔役として、既得権益を握っていることも。
そこに生まれれば、ある意味で勝ち組!

しかし、自分たちに都合がいいから「地元最高!」と言っても、奴隷のように扱われる層はどんどん逃げていく……。

令和の陽キャも、大学進学で都会へ出て、そのまま帰ってこない。
あるいは、都市部で就職したら、立身出世!
気遣いや判断ができることで、皮肉にも最下層の若者と同じ判断へ?